【プレイヤーインタビュー】ラスゴさん(第1回レジェンドCS優勝)

今回インタビューさせていただいたのは、黎明期よりCS参加し、東北から関東まで精力的に遠征。そして関東CSやレジェンドCSなどで優勝された経験を持つラスゴ(26歳)さんです。

レジェンドCSに持ち込んだ”ビースト・チャージ”で競技プレイヤーを震撼させ、また”ラス語”と呼ばれる独特な語り口でも知られる彼は、どのような人物なのでしょうか?

 

 

■経歴 
*入賞歴* CS:プレイヤー個別戦績(ラスゴ選手)

 

■インタビュー 
――本日はよろしくお願いいたします。まず、デュエルマスターズはいつごろからプレイされてるんですか?
「DM-1から始めています。
自分はコロコロの漫画から入った人間で、最初はMtGをプレイしていました。漫画の内容がMtGからデュエルマスターズに切り替わったところで、自分もデュエマをプレイし始めた…という感じですね」 

――公式大会やCSのような、競技イベントへ出場し始めたのはいつ頃ですか?
「公式はエターナルリーグから。ボルバルの時に出たので覚えています。
CSはちょっと記憶が曖昧なのですが、第2回関東CS(2010年)かなと」 

――最初の参加が遠征だったんですね。
「その時代、東北ではCSがないに等しかったんです。ですので、CSに出ようと思ったとき、一番近いのが関東CSだったんですね。
どちらかというと、選択肢がなくて行かざるを得なかった…という感じです。地元の身内と連れ立って行っていました」 
※東北初のCSとなる第1回仙台CSは、第2回関東CSの3か月後に開催

――昔はCSなんて年に数回でしたよね。次に、これまで使ったデッキについて教えてください。まず、最初の公式で使ったデッキからお願いします。
「エターナルリーグの時は、シータボルバルt白だったと思います。タッチしたのはクイック・ディフェンス。この時は良いデッキが見つからず、迷走していたんだと思います(笑)
クイック・ディフェンスは2~3枚、入れていました」

 ――あのころってボルバルを使うか赤単を使うか、という感じなんでしたっけ。それ故のクイック・ディフェンス…?
「当時はムーンナイフや青銅の鎧、サーファーなど場に残るクリーチャーが多かったんです。今はライフやジャスミンなんかを使うと思いますが、あのころは違いました。
なのでクイック・ディフェンスはもちろんバジュラズ・ソウルも猛威を振るっていました。対策としてマーシャル・ローを入れたりしましたね。

CSで使ったデッキは、第2回関東がクローシス、第3回関東がドロマーだったと思います。このあたりはあまり覚えてなくて…申し訳ないです」

 ――いえいえ、ありがとうございます。その後の第4回関東CSではドロマーハンデスを使って優勝されていますが、この時はなぜドロマーを選択されたのでしょうか。
「第3回関東でドロマーを使ったのはお話ししたとおりですが、その時は予選ブロックを1位突破しつつも決勝T1回戦で負けてしまったんですね。それが悔しくって、ドロマーでリベンジを図ったというのが一つ理由としてあります。
前回予選突破したのだから、今回も行けるだろう!という考えもありました。

ただ大会当日にちゃま(福島のヴァン選手)の不滅オロチにボコボコにされ、受付終了10分前にスノー型の構築へ変更しました。身内にスノー型がいたので、それを参考にして。
直前でしたが、このままでは勝てないと思って8,9枚変えましたね。

他の選択肢として、当時は不滅オロチや黒緑速攻がありました。
オロチを使わなかったのは、関東の2本先取という独特な予選形式に理由があります。1本先取ならブン回りや初見殺しで勝てるかもしれませんが、2本先取ではそうはいきません。
またデッキの実力も不足していて、当日の1週間前に使ってみたときはまるで勝てませんでした。

黒緑は使うと弱く、使われると鬱陶しいタイプのデッキです。黒緑が流行し始めたときからずっとそう思っています」

 ――ドロマーの変更箇所はドロソの振り分けでしょうか。当時はクロックタワーの採用有無が人によって変わっていたような。
優勝リストのライト2、スノー3、ザンジ2、魔天1、ロスト2が急きょ追加したカードです。
抜いたのはマインド・リセット2、アンラッキー1、ミカド2、ハヤブサ1、陰謀2、墳墓1。

自分がクロックタワーを採用したのは、ハンデスされたくないカードをトップに置いて守れるから。そして、ミル・アーマとの噛み合わせがライトより良かったから。
スノーを採用していた関係上、出来るだけ3ターン目にミル・アーマを出したかったんですね。となれば、2マナのドローソースの重要性は、通常の構築より上。
加えて、ミル・アーマ下でもライトは2マナかかってしまいますが、タワーなら1マナ。実際にプレイすると、この1マナの差は大きくのしかかるんです」

 ――ありがとうございます。次に、レジェンドCSの使用デッキを選択した経緯についてお聞かせください。
「当時は、ボルバルザーク・エクスを連打できるデッキが強かったんです。
エクス連打を前提としてデッキを考えていた時に、ミランダ+勝利リュウセイからビースト・チャージでエクスを抱え込んだり、エクス+ビースト・チャージでシノビをサーチしたり…なんだか色々かみ合いそうじゃん!と宮田(第7回関東CS主催)が閃いたんです。
閃いたのは前日の午後。これいいんじゃね?とUMEBAと自分でどんどん話が盛り上がって、組んで回すと予想通りの動きで強い。これは使うしかない!と結論付けました。

自分と宮田の2人で使おうとしたんですが、既に前日入りしてしまった後でカードがない。借りるあても買うあてもなく、自分だけが使うことになりました。
本当はビースト・チャージを4枚積みたかったのですが、1デッキ分すらなく…足りない2枚の代わりにNを入れて出場したところ、それがプラスに作用して勝つことが出来ました。

実はレジェンドCSに当日入りする予定だった地元の仲間へビースト・チャージの調達をお願いしていて、4枚は集まるはずだったのですが、その彼が来れなかったんですよね。電車の影響で間に合わなくて…」

 ――何が幸運に作用するかわかりませんね…しかし宮田さん、関東の方だと思っていました。
「宮田、今は関東ですがもとは福島ですよ。昔は一緒にカードやってました!」

 ――そうだったんですね。そういえば東北のデュエマ環境って、今はどんな感じなのでしょう。
「4,5年前と比べたらだいぶ過疎りましたね。自分が詳しいのは福島ですが、公認大会を開いてくれる店舗自体が減ってしまいました。
身内も、昔ほどのやる気は残ってません」

 ――そうなんですね…関東に集中しちゃってるのかなという感じはあります。最後に、今後、デュエマにはどうなっていってほしいですか?
「今より、競技性を向上させること。ですかね。
競技性を向上させること自体がデュエルマスターズにとってより良いことになればなと、そう思っています。
個人的な希望を言うと、公式にはドラフトをもっと推してほしいです。シールド(※)はありますが、ドラフトはまだなので」
※トッキュー8、リミット10など

 ――ありがとうございました。

 

 ■インタビューを終えて 
実は、僕はまだラスゴさんとお会いしたことがありません。
今回、第2回レジェンドCSを開催するにあたって、前回優勝者…いわば”初代レジェンド”にお話を伺わなければいけないだろうと思い、LINEでやり取りをさせていただきました。
ちょっと変わったやり方でしたが、見ず知らずの人間の頼みに快く応じてくださったラスゴさんに感謝しています。

第4回関東や第1回レジェンドなど、あのころに抱いていた疑問を当人に聞いてみるというのは妙な気分になります。
当時の僕は(今も変わりませんが)なんとなくCSには出てみるもののガチになり切れないタイプのプレイヤーで、優勝だとか、レジェンドだとか、そういったものには縁がありませんでした。そんな自分があのころのレジェンドたちと連絡を取り合って、こうして話を聞かせていただいているというのは、なんだか妙な気分です。

ラスゴさんが、今後も楽しくゲームを続けられることを祈っています。


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